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開架宣言 Vol.2_中井英夫『薔薇への供物』

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花に対する愛や造詣が深い皆さまに向けた、花キューピットによる読書案内ブログが始まりました。
花も書籍も自由に開かれ、思い思いに楽しまれるべきではないか(開花・開架)。
そんなメッセージを込めた新連載、「開架宣言」

今回ご紹介するのは、中井英夫さんの短編集『薔薇への供物』です。

薔薇への供物

バラへの偏愛がいざなう神秘にみちた薔薇園の迷宮――秘密の花園では少女も私もこの世の者ではなくなり、牧神や聖女は現実となる――名作『虚無への供物』の作者の、妖しく甘美な薔薇ミステリー集大成!/『薔薇への供物』龍門出版社 ※絶版

 

バラの美しさと狂気にまつわる物語

『薔薇への供物』は、昭和56年に発行された自選短編集です。
この本の最大の特徴は、バラをテーマにした全12編が収録されているという点。
そしてもう一つの特徴は、どの作品においてもバラの妖しさが描かれているという点です。

可憐で麗しく、まさに「花の女王」と呼ぶに相応しいバラ。
また一方で、「綺麗なバラには棘(トゲ)がある」と言われるように、バラに代表される美しいものは危険性も併せ持っているのです。

そんなバラの狂気に触れることができる『薔薇への供物』。
全12編の中で特に読んでいただきたい一編は、〈火星植物園〉という巻頭作品です。

舞台は敷地内に広大なバラ園を構える精神病院、「流薔園(るそうえん)」。
男が院長のもとを訪ねると、院長はとある青年患者の手記を男に読ませます。
バラが好きだというその青年は、バラの花には一切興味がなく、バラの根を偏愛している様子。
根への異様な執着。青年の幻覚症状だと分かっていても現実のように思えてしまう不気味さ。
そしてついには、どこまでが青年の手記で、どこまでが〈火星植物園〉という物語なのか、読者はその境界すらも曖昧に感じてしまうのです。

バラの根

バラの根はこんな感じ

この〈火星植物園〉は、同作者の短編集『幻想博物館』(講談社文庫)でも巻頭作品として収録されている、言わば名作。
怪奇幻想系アンソロジーの名手・中井英夫さんの真骨頂とも言える一編ですので、気になった方はまずこの作品を読んで、作者の世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょう。

 

自作解説の存在

『薔薇への供物』にはもう一つ、個人的に必読だと思う一編があります。
それは、著者自身による解説〈薔薇の自叙伝〉です。

通常、本人以外の第三者が執筆することが多い巻末解説。
本人が作品について綴る場合は、「あとがき」として作品に込めた思いや関係者への感謝を簡潔にまとめる場合がほとんどです。
ところが本書では、中井さん本人が13ページにわたって各作品の解説を行っています。

解説の中心は、作品を書くに至った経緯について。
幻想小説でありながら、自身の経験や見聞に基づいている点が何とも興味深いです。
例えば〈火星植物園〉は、昭和30年に千葉県・市川市の式場精神病院で起きた火災事故が創作のきっかけになったと言います。
その病院には、作品に描かれた「流薔園」と同様に壮大なバラ園がありました。
火事が起ころうともバラは無心に香り高く花を咲かせていたという報道を聞いて、著者はバラの狂気を悟ったとのこと。

自作解説を読むと、腑に落ちると同時に背筋が凍る感覚も味わえます…。

 

薔薇への供物

絶版のため図書館で借りた第一刷。「かえす日」に歴史を感じる

 

赤バラ

『薔薇への供物』から今回ピックアップする花は、赤バラです。

薔薇への供物と赤バラ

どこかクリスマスムード

作中に登場するバラは、漢字表記の「薔薇」。
これは中国由来の言葉で、平安時代に中国から渡来したバラを指すそうです。
「薔」は垣根、「薇」は風にそよぐ様子のこと。
ちなみに音読みだと「しょうび」ですが、『源氏物語』などの古典文学ではこちらが漢語読みとして用いられていたようです。

そして、現在はギフト需要の高い花として知られるバラ。
赤・ピンク・白・黄色・オレンジ・紫・青など非常に多彩な色で展開されています。
中でも著者の中井さんが目にしたバラの中で最も強烈な印象を抱いたバラこそ、赤バラです。

著者が『薔薇への供物』を創作する上で原動力ともなった、赤バラ。
高級感や華やかさ、上品さの中に、どこか掴みどころのないミステリアスな様相を感じます。
そんな赤バラは12月の誕生花です。
美しく華やかな印象の方へ贈るのも良いですが、謎めいた雰囲気を持つ方・気になる方へ贈ってみるのも良し。
赤バラの持つ様々な表情を、『薔薇への供物』とともに楽しんでくださいね。

生家に近い、本郷動坂の上にあった“ばら新”という園芸場の記憶で、高々と咲きゆらぐ一花の鮮やかな赤が眼に残っている。むろん名前も知らぬままだったが、戦前のことだからそのころの赤の代表花ーーードイツのコルデスが作出した“クリムソン・グローリー”にまず間違いはなかろう
ー『薔薇への供物』より〈薔薇の自叙伝〉p.174

 

◆赤バラの花言葉:「情熱」「愛情」「美」

クリムソン・グローリー

こちらが“クリムソン・グローリー”

 

▽赤バラについてもっと知りたい方はこちら。


12月の誕生花は赤薔薇(バラ)。花言葉・種類・本数の意味・飾り方など

12月の誕生花は赤薔薇(バラ)。花言葉・種類・本数の意味・飾り方など


赤バラの花言葉や本数が持つ意味などをご紹介します。

※本記事に記載された書籍情報は、2025年12月時点のものです。

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